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第二次世界大戦中の悲劇


1939年9月1日、ドイツ軍はポーランドに攻め込み、第二次世界大戦が始まりました。
ポーランドには300万人を越える多くのユダヤ人が住んでいましたが、
ナチスは正統派ユダヤ教徒を捕らえては、あごひげやもみ上げを切り落として物笑いにしました。



 その直後、すべてのユダヤ人は黄色い星のバッジをつけなければならないという命令が出されました。
これは、ポーランド、オランダ、ハンガリー、ギリシャ、さらに北アフリカなど、
ナチス占領下のユダヤ人の目印となりました。
 ナチスは第二次世界大戦以前から、ゲットーと呼ばれるユダヤ人居住地域を各地につくり、
すべてのユダヤ人をそこに住まわせる決定を下していました。
最大のゲットー、ポーランドのワルシャワでは、
1.5キロメートル四方の地域に50万人ものユダヤ人が押し込められ、苦しい生活をさせられました。

 ゲットーでの最大の問題は、食料の不足、飢えでした。
さらに最悪の衛生状態で、ゲットーの中は伝染病がうつりやすく、
チフスや結核によって死んだ人は、飢えによる死者のつぎに多かったのです。
人々は道ばたに倒れても、誰も助けるものもなく死んでいきました。
その死体は何日も放置される場合もありました。
 生き延びるためには、壁を乗り越え、食べ物を盗まなければなりませんでした。
それは特に子どもたちの仕事で、すばしっこい小さい子どもが、
勇気をもって食べ物を探しにいき、大人たちを救いました。
 人々はそのような苦しい戦いの中で、人間としての尊厳と、生きる望みを保つために働きました。
講演会や勉強会、青年運動や祈りの集いなどが、秘密の内に開かれました。
特に孤児院や学校教育には力が注がれました。