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ユダヤ人とホロコースト②


■ニュルンベルク法の制定
1935年9月、差別法であるニュルンベルグ法により、
ユダヤ人はドイツ市民権を奪われ差別はいよいよ激しくなりました。
ドイツ人とユダヤ人の結婚は禁止されました。



 ドイツでのユダヤ人の生活はひどいものとなり、
多くのユダヤ人が外国へ逃げたいと希望するようになりました。
ユダヤ人を追い出すことはナチスの方針でしたが、
他の国々はユダヤ人を受け入れたがりませんでした。
1938年7月、フランスのエヴィアンで国際会議が開かれ、32カ国が集まりましたが、
何の成果も上げることはできず、ドイツから外国へ脱出できたユダヤ人は、ごくわずかでした。
 思うように国外へ脱出できないユダヤ人に対する迫害はいよいよ厳しさが加わり、
ナチスはユダヤ人に対する組織的な襲撃を行いました。
1938年11月9日の、「クリスタルナハト」(水晶の夜)と呼ばれる出来事です。
ナチスはユダヤ人の教会に放火し、商店を襲い、3万人以上のユダヤ人を、強制収容所に送り込みました。
この暴動で91人のユダヤ人が殺されました。